STEAM授業から考える地域防災
長原小学校は、徳島阿波踊り空港の南側にあります。長原漁港からは、川向こうの徳島市とつなぐ渡し舟があり、毎朝地元の学生が自転車を乗せて川を渡る姿が見られます。年中無休、無料で運航している渡し舟。川の多い徳島では、昔からこうした渡船が盛んでしたが、いまはごくわずかになっています。全国でも珍しいスポットのひとつなので、ぜひチェックしてみてくださいね。
さて、そんな港町にある長原小学校は、全校児童が10名。教育活動や課外活動で住民の人たちと協力しあうなど、地域との結びつきがとても強いのが特徴です。少人数ということもあり、みんなで子どもたちを見守るあたたかい雰囲気があります。
「手書きで案内看板を作って出迎えてくれました。」
地域との関りが深いもうひとつの理由に、ここが津波浸水想定において最大4mの浸水が想定される区域であることも上げられます。これまでも「避難完了カードの配布」など、地域とのつながりを大切にしながら、地域への情報発信も積極的に行っている学校です。
「STEAM教育と防災教育は実はとても親和性が高いんです。長原小学校では、STEAM教育やプログラミング授業を通して、これまで取り組んできた防災活動にさらに別の角度からアプローチしているんですよ」と中村先生。
「この日のSTEAM授業は六年生の教室で実施。全校児童が集まってもソーシャルディスタンスが保てる環境です。」
「なにを実現したいのか」
重要なのは達成したいゴールの設定
授業がはじまると、子どもたちは慣れた手つきで自分のタブレット(パソコン)アプリを起動させていました。低学年の子どもたちはアプリ「ビスケット」を使ってイソップ物語をアニメーションで表現していきます。
一方、高学年の児童のみんなの今年のテーマは「地域防災」。災害後、避難所で過ごすことを想定し、そこでなにが必要になるかを考えて取り組んでいます。
プログラミング授業というとすぐ、「パソコンを使う」「タブレットを使う」をイメージしていましたが、実は違っていたことにびっくり。子どもたちはパソコンの横に、手書きの紙を置いて「自分がなにを表現したいか」を下書きしていました。
「プログラミングは表現するためのツールなんです。まずは表現するためにはどんな情報が必要なのかを考え、その情報を集める作業が重要になってきます。『総合的な学びや情報をどう表現していくか』について思考していくのが、STEAM教育なんです」と中村先生。
「ひとりひとりが「プログラミング」でなにを作り出したいかしっかり下準備していました。」
表現に不可欠な情報収集での気付き
「想像(想定)」と「実際」は違う
避難所生活に必要なものをプログラミングで作ってみようと取り組みはじめてから、子どもたちはあることを知りました。それは、自分たちが考えていた「避難してからの困りごと」や「避難所生活に必要なもの」と、実際に避難生活をした人の意見は少し違っていた、ということ。
気付けたのは、「本当に避難生活をした人の話しを聞いた」からでした。
六年生の担任西條先生が教えてくれました。
「気仙沼で避難生活を送られた吉田さんとやりとりをさせてもらったんです。そしたら実際に避難所で一番困ったのが『情報がない』ということ。そして驚いたのは『子どもたちが挨拶をしてくれるだけで元気が出た』という言葉でした」。
作業にもくもくと取り組む子どもたちの様子を見守りながら、中村先生がこれまでの過程を教えてくれました。
「避難所ではトイレや寝る場所のことで悩むと思っていたけれど、不安なく過ごすためにも『正しい情報が全員にいきわたることだ』、ということを子どもたちは知りました。実際の話しをきいて、『挨拶を交わすことで避難所に元気が出る』ということも、子どもたちは分かりました。
それでようやく「ではどうやって情報をいきわたらせるか」や「どうすれば挨拶が飛び交う元気な避難所になるか?」という次の段階にすすめたんです。
いま子どもたちは、自分の思いを実現するために、アプリをつかって表現しているところなんですよ」。
「実はプログラミングの基礎がここにあるんです。自分たちで「こうだろう」と思って進んでいくだけでなく、「本当にこれで大丈夫だろうか?」と考える行程があるんです。
予測を立てる、情報を収集し、検証する、失敗していたら修正する、という思考錯誤の過程を踏むことこそ、プログラミング。手順づくりの基本なんです」と中村先生。
自分で考えたものを表現する子どもたち
「学びたい!」の瞬間を逃さない
こうしてそれぞれの「避難所で表現したいことのイメージ」が決まったので、子どもたちは「スクラッチ」というアプリを使って、これまでの学びを活かし「ブロックをつなぎ合わせるステップ」に進みます。
避難所内のモニターを活用できると想定して「避難所での暮らしのリズムを整える」ための情報発信をしようと決めたこちらの男の子。イラストのなかで「就寝時間です。まもなく消灯です」という文字を動かそうとブロックを組み合わせるのですが、思ったように動きません。
中村先生は男の子に「なにをどう表現したいか」を聞き取り、それに必要な思考について説明をはじめました。
出てきたのは「X座標とY座標」の表。中学生になってから習う「座標」や「関数」についての話しが飛び出したのです。
え!それって難しくない!?と一瞬耳を疑いました(きっと小学校の先生方も驚いたはず)。でも男の子は一生懸命黒板を見ながら中村先生の話しを聞いていました。
小学校の教室で、中学生で習う座標や数式について、なんのためらいもなく黒板に書いた中村先生。でも実はそこには興味や関心の芽を伸ばす!という思いが隠れていたのです。
「もちろんいきなり難しいものはできません。だから学年ごとに、まずはできることから始めます。でもひとつ出来上がると『もっとよくしたい』っていう気持ちが必ず出てくるんですよ。そのときに、なぜできないのか考える。じゃあそれを実現するにはどうしたらいいのか知りたいと思う。そのときが学びのチャンスなんです」。
「地域防災という地域の課題に、「数学」のエッセンスが加わった瞬間。」
座標や関数について、小学生では完璧に理解はできないはず。
でも「自分のやりたいことを実現するには、新しい知識や学びが必要なんだよ」という中村先生のメッセージ、きっと彼に届いただろうな。
「何度かブロックの組み合わせを試し、自分の納得する文字の動かし方を決めて完成。最後は無事自分の作品をプレゼンテーションすることができました。」
STEAM教育のプロだからできる「子どもたちが学びの楽しさに気付く瞬間を増やす」支援を垣間見た長原小学校での取材。
「この数学の理論はまだ習ってないからやめとこう」「科学的な話しだから少し難しいだろう」じゃないんだ、と知りました。
次回は、松茂町内のまた別の学校の授業の様子をお届けしながら、さらに「STEAM教育」の魅力に迫ります!
「休み時間には「中村先生、ぼく、ちょっとギター弾けるようになったよ」と突然演奏会がスタート。中村先生との授業以外の会話も楽しみにしてくれている子どもたちなのでした。」
ライター紹介
宮本幸子(みやもとさちこ)/地方でも実現できる「プログラミング的思考を育むSTEAM教育」に関心を持ち、株式会社ヴィリングが提供する公立小中学校のSTEAM教育を取材中。タウン誌の編集やラジオリポーターを経て、現在はライター・講師として活動。徳島県在住、二児の母、1980年生まれ。